西洋音楽史概説2012

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2012 Jul 22

西洋音楽史概説A in 6 minute flashbacks (2013年度版)


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音楽: F. メンデルスゾーン《 夏の夜の夢 序曲》op.21 (1826作曲)。再現部から。演奏: W.フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1929年録音 (in public domain)

2012 Jul 19

1分で見る西洋音楽史概説Aのまとめ (動画) 2013年度版


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2012 Jul 5

第12回 バロック2 - オペラの発展・各国のオペラ

▽なぽ17世紀のイタリアに誕生したオペラは17世紀の後半にイタリアじゅう、またヨーロッパ各国に広がって行く。そしてそのスタイルは他の声楽曲のジャンルーー室内声楽曲、宗教曲ーーに影響をあたえる。

12.1 ヴェネツィアのオペラ

  • ヴェネツィア:17世紀前半にひきつづイタリアのオペラの中心地
    •  歌手が人々のいちばんの関心のまととなり、スター歌手(男性・女性)が出現。
    • 例: アンナ・レンツィ Anna Renzi (1620ごろ-1660以降)
    • 有名歌手は作曲家よりも高い支払いを受ける。
    • オペラ全体の中で歌手の声や技量を披露するアリアがもっとも重要となりはじめる。
  • アリアの数や種類の増大。
    • 17世紀のなかごろには一つのオペラ作品のなかのアリアが約24、1670年代には60になるほどまでに。
    • アリアの形式で最も好まれたのは有節形式。
    • AB, ABB, ABA のような二部形式、三部形式も多い。
    • 多くのアリアがリフレインを持つ。
    • オスティナートバスやダンスのリズムの上に創られたものも。
  • ヴェネツィアのオペラは外国へ輸出されるようになる。
    • 例:カルロ・パラヴァチーノ Carlo Pallavacino (1630-1688)やアゴスティノ・ステファニ Agostino Steffani (1654 - 1728) のような有名なヴェネツィアのオペラ作曲家がドイツで活躍(→ ステファニはヘンデルなど18世紀の作曲家に影響を与える)。

12.2 ナポリのオペラ

  • ナポリ : 18世紀に支配的となる新しい様式の中心地となる。
  • カストラートの隆盛 : 17世紀末にローマとともにカストラートが高声の中心になり、18世紀半ばまで全盛。
  • 新しい様式:劇的な起伏よりも優雅さを重視。

12.2.1 アレッサンドロ・スカルラッティ Alessandro Scarlatti (1660 - 1725)

  • 生涯: シチリアのパレルモ生まれ。ローマで作曲家としてのキャリアをはじめる。1684年から1702年ナポリで、1709年からナポリおよびローマで活躍し、約60曲以上のオペラを書く。
  • 歌詞の内容や表現される感情の急速な変化に合わせて進行する和声
  • レシタティーヴォの2つの種類の大きな区別
    • レシタティーヴォ・センプリーチェ(レシタティーヴォ・セッコ):普通のしゃべりに近い。主に対話・独白に。伴奏は通奏低音のみ。
    • レシタティーヴォ・オブリガート(レシタティーヴォ・アコンパニャート):感情の強い表出や急激な変化を伝える。劇的に高揚した部分で用いられる。 劇的緊張を高めるオーケストラの伴奏。
    • 3つめの歌唱スタイル:アリオーゾ(レシタティーヴォ・アリオーゾ)--アリアとレシタティーヴォの中間。
  • アリアの様式としてはダ・カーポ・アリアが好まれる(→ABA。Aの部分をBのあとのダ・カーポで指示。AとBの対比が効果的な表現。独立した伴奏部(リトルネッロ)を伴うことも多い)。
  • 曲例 : 《グリゼルダ Griselda 》(1721初演) 
    • 譜例集41 シンフォニア  - 第1幕冒頭 レチタティーヴォ〈Questo, o popli 今日こそは、民たちよ〉
    • 第2幕よりアリア《お前は再び私を見る、ああ、暗い森よ Mi rivedi, o selva ombrosa》

12.3 フランスのオペラ

  • ルイ14世とその宮廷に使えるリュリの時代(1660-80年代)にイタリアとは別の伝統が発達・確立。
  • フランスの舞台芸術の2つの伝統:宮廷バレー ballet de cour、古典悲劇(ラシーヌ、コルネイユ)
    • →リュリによって「トラジェディ・リリック 抒情悲劇 tragédie lyrique (最初は 音楽悲劇 tragédie en musiqueと呼ばれる)」へと総合。

12.3.1 ジャン=バティスト・リュリ Jean-Baptiste Lully (1632 - 1687)

  • 生涯:フィレンツェ生まれ。若くしてフランスに来て貴族に使えながら、音楽を学ぶ。1650年代より王の宮廷に出入り(「王の24人のヴァイオリン奏者」の一員)。1661年に王付きの音楽責任者に、フランスに帰化。1672年、音楽劇の独占的上演特権を王より受ける。1673年最初のtragédie en musique. 
  • 作品 : 約30のバレ作品 (1650年代り)、11のコメディ・バレ(劇作家モリエールとの共同による。1663-1671)、14の抒情悲劇(1673 - 1687)
  • リュリの叙情悲劇
    • 台本の素材は主にギリシャ神話から。台本作者ジャン・フィリップ・キノ Jean Philippe Quineault との緊密な共同。
    • 踊りや合唱の入る長い間奏部がひんぱんに入る。
    • フランス語の性格にあったレシタティーヴォ:レシタティフ・サンプル、レシタティフ・ムズュレ
    • フランス風序曲:第1部 ホモフォニックでゆったしたテンポ。付点のついた重厚なリズム。第2部 フーガ的な模倣をともない、速い。
    • 曲例:《アルミード》(1686初演)。 
      • 譜例集39、 序曲
      • 譜例集40、第2幕よりアルミードのモノローグ〈ついにあの人は私の手のうちに Enfin, il est en ma puissance〉

12.4 イギリスのオペラ 

  • 17世紀後半にイギリス独自のオペラの動きがあるが短命に終わる。
  • それ以前のイギリス独自の伝統:「マスク(仮面劇)masque」--フランスの宮廷バレーに近く、貴族の間に人気。
  • 共和制時代の政治的きっかけ:共和制時代(1649-1660)に演劇が禁止されたが、音楽を伴うものは「コンサート」という名目で上演できたので音楽劇が出現、隆盛に。
  • 王制復古(1660)以降も音楽劇の人気は持続。

12.4.1 ヘンリー・パーセル Henry Purcell (1659 - 1695) 

  • ロンドン生まれ。1679年、ウェストミンスター大聖堂のオルガン奏者に。1689年、国王ウイリアム3世付きの音楽家に。
  • 《 ディドとアエネアス Dido et Aeneas》(1689)
    • 台本はウェルギリウス(紀元前1世紀のローマの詩人)の「アエネアス」の翻案。
    • リュリのスタイルに近いフランス序曲で始まる。
    • 合唱と踊りを含む。
    • 英語の特質を考慮したレシタティーヴォ。
  • パーセルの死後、2世紀にわたりイギリス独自のオペラの発展はみられない。聴衆は外国のオペラを好む。

12. 5 ドイツのオペラ

  • イタリアのオペラが盛んに輸入されたが、ドイツ独自の音楽劇の伝統も存在→ジングシュピール。
  • ジングシュピール Singspiel:対話の部分には、レシタティーヴォではなく、地のセリフが用いられている。
  • ドイツのオペラ作家は、イタリア語のレシタティーヴォのスタイルをそのまま踏襲。
  • ハンブルクのオペラ劇場 (1678 - 1738): ヴェネツィア以外で初めてできたオペラハウス。
  • ラインハルト・カイザー Reinhard Keiser (1674 - 1739)のオペラ
    • ハンブルク・オペラ時代の最大の作曲家。1696年から1734年までの間に約100 作品を書く
    • 台本の素材はほぼヴェネツィア・オペラのものと同じ。
    • アリアはイタリア・オペラよりさらに名人芸的。

2012 Jun 28

第11回 バロック - 概要とオペラの誕生

11. 1 バロック時代

11.1.1 バロックとは

  • 現在の音楽史では1600年ごろから1750年ごろの時期の音楽を指すのに用いられる。
    1. オペラの誕生と浸透の時代 イタリアで産まれたオペラというジャンルがヨーロッパ各地へ広がり、その音楽語法がさまざまな音楽ジャンルに影響を与えた時代
    2. 通奏低音の時代
  • 「バロック baroque」という用語:
    • 本来は美術史・建築史上の概念。
    • ポルトガル語で「ひずんだ真珠」を意味する barocco を語源とし、最初は「奇怪な」という蔑視的な意味を持っていた。
    • 音楽史の中で時代区分として確立するのは20世紀になってから。
  • 「新しい時代の始まり」の意識は当時から存在
    • モンテヴェルディによる「二つの音楽のしかた」の議論 
    • 「第1のしかた」:ルネサンスの理想的な協和・不協和の原則をまもる。
    • 「第2のしかた」:「=現代の音楽」。感情の表出を優先させて別の協和・不協和の原則をたてる。
  • バロック、バロック音楽の美学的要点
    • さまざまな矛盾の混在:壮大な構想と細部の過剰な装飾、虚栄的な豪奢・華麗さと真にせまる感情、幻想性と世俗的な欲望の追求
    • →音楽にみられるさまざまな対照・対立:動と静、 明るい響き暗い響き、音域、音量、独奏と合奏。
    • - 感情を表出するものとしての音楽

11.1.2 社会的背景

  • 音楽を支える経済的基盤が、教会から王侯・貴族の宮廷へと移動。 
  • 「アカデミー(知識人たちの集まり)」、私的な団体が音楽を盛んに実践。
  •  公開演奏会が18世紀ごろにかけてしだいに発達。

11.1.3 もう少し詳しく

  • 通奏低音
    • しっかりしたバスの進行と最高声部の旋律線がテキチュアの基本的枠組みに。
    • 数字付き低音による記譜。
  • 対位法の変化:次第に支配的になる和声進行の原則に適合するような書法になる。
  • 長短調が支配的調になる:17世紀末までには様々を旋法の使い分けに代わり、三和音に基礎をおく長調と短調がを2つの主要な調として確立。
  • 新しい不協和のとらえかた:不協和は二つの声部の関係の観点からではなく、和音外の音という観点でとらえられるようになる。不協和音は和声の進行に従属し、後者を補強するもの役割を得る。
  • 情緒の表現:作曲家はさまざまな情緒 affect (魂の状態)を表現することに努める。それらの「情緒」は万人に通じると考えられた一般的なもの。個人の特殊な感情を表現はめざされない。

11. 2 オペラの誕生  

11. 2.1 前史

  • ルネンサンス時代の音楽劇
    • インテルメディオ
    • 牧歌劇
  • 模範としてのギリシア悲劇の復活を試みる知識人たち努力:コーラスだけが歌われたという見方、劇全体すべての部分が歌われたという見方( ジロラモ・メイ Girolamo Mei (1577))の間の議論。
  • フィレンツェのカメラータ
    • 文芸や科学、芸術などについて議論する知的なサークルで1570年代から活動。音楽も演奏。
    • メイの説に興味が持たれる:単声(ソロ、ユニゾンの合唱)の中にあるギリシア音楽の力強さ。旋律は通常の語りの手段(音高の変化や、リズム、テンポの変化など)がもつ自然な表現力で人々を感動させなければなない。
  • ヴィンツェンツォ・ガリレイ Vinencio Galilei(1520年代-1591):メイの説に従いながらルネサンスの多声音楽を批判
    • 「ギリシアのモノディーのように単声で自然な語りの抑揚を強調するために書かれた旋律だけが詩の内容を表現することができる」
    • 「同時に歌われる複数の旋律は互いに対立しあい、聴き手の耳を混乱させ、言葉の意味から注意をそらす」

11. 2. 2 最初期のオペラ

  • オッタヴィオ・リヌッチーニ Ottavio Runuccini(詩人、1562-1621)ヤコポ・ペリ Jacopo Peri (音楽家、1561-1633):共同で作品全体作が歌われる劇作品を完成。
    • 《ダフネー Dafne》(1597年初演)。断片のみ伝わる。
    • 《エウリデーチェ Euridice》(1600年)
    • ペリが対話部分にレチタティーヴォの語法を発明。
    • 《エウリディーチェ》では、モノディーのいろいろな可能性を追求。
  • ジュリオ・カッチーニ Guilioo Caccini (1558 - 1661)
    • ペリと同じくリヌッチーニ台本の《エウリディーチェ》に作曲。
    • 曲集《新音楽 Le nuove musiche》(1602):
      • モノディ様式による歌曲集(アリアとソロ・マドリガル)。 
      • →譜例集《Amarilli Mia Bella わが麗しのアマリッリ》
      • 装飾が歌詞の表現を強めるために用いられる。

11. 2. 3 クラウディオ・モンテヴェルディ Clauio Monteverdi (1567-1643)

  • 生涯:クレモナ生まれ。マントヴァの宮廷礼拝堂の楽長をつとめたあと1613年から没するまでヴェネチアの聖マルコ・大聖堂の楽長。フランドルやヨーロッパの他国へ旅行し音楽的教養を深める。
  • マドリガーレル集9冊。
  • 約20曲のオペラを作曲。現存するのは4つ(一部分のみを含む)。
    • 《Orfeo オルフェオ》(1607) →譜例集, 《アリアドネ Ariadone》(1608)
    • 《ユリッセの帰還 Il ritornoe d’Ulisse》(1640), 《ポッペアの戴冠 L’incoronazione di Poppea》(1642)
    • 古い技法と新しい技法の総合 
      • 経験を積んだ作曲家としてマドリガル作曲(9集が出版)など他の分野でマスターした手法とモノディ、レチタティーヴォの新しい実験を総合。
      • コントラストを生かした強い劇的表現。
      • レチタティーヴォはより調性的。後期2作ではアリオーゾを使用。
      • レチタティーヴォ、アリア、コーラス、器楽部分を交替的に組み合わせ大規模構成。 オーケストラを使用。

11. 2. 4 オペラのイタリアでの発展

11. 2. 4 .1 カメラータ以降のフィレンンツェのオペラ

  • フランチェスカ・カッチーニ(1587-1640) : 《ルッジェロの救出 La liberazione di Ruggiero》 (1625。バレー、インテルメディオ、オペラの折衷的様式)

11. 2. 4. 2 ローマのオペラ

  • 1620年ごろにオペラが定着。オペラ・コミックがジャンルとして確立。アリアとレチタティーヴォがはっきりと分かれる様式。劇の中に劇中劇のはいる折衷的な様式に発展。ギリシア悲劇を理想とする劇としての統一性は失われる。

11. 2. 4. 3 ヴェネツィアのオペラ

  • 1637年にはじめて公開劇場でオペラが演じられる。
  • モンテヴェルディの後期作品
  • フランチェスコ・カヴァッリ Francesco Cavalli (1602 - 1676)
    • 1639年より20年にわたりヴェネツィのオペラ劇場のために30作近くのオペラを作曲。
  • アントニオ・チェスティAntonio Cesti (1623 - 1669)  
    • 1650年代にヴェネチツィアでオペラ作曲家として名声を確立。
    • 1666年にはウィーンに宮廷劇場音楽監督に任命。ウィーンの宮廷劇場で大規模なオペラを上演。《金のりんご》(1668初演)。

2012 Jun 21

第10回 ルネサンスの音楽 世俗声楽曲と器楽の発展

10.1 ルネサンスの世俗声楽曲

10.1.1 イタリアの世俗声楽曲

10.1.1.1 16世紀初期の声楽曲

  • フロットラ:15世紀末から16世紀初めにかけて北イタリア(マントヴァやフェラーラ)の貴族や市民の間で好まれたたジャンルで、わざと民衆的で素朴なスタイルで作曲された。有節形式で音節的かつホモフォニック。4声で旋律は最上声。歌詞は軽妙で風刺的なものが多い。
  • ラウダ:フロットラと同じような様式で書かれたイタリア語あるいはラテン語の宗教曲。

10.1.1.2 マドリガーレ

  • ペトラルカ運動:14世紀の詩人ペトラルカ Francesco Petrarca (1304 - 1374)の詩、とくにその叙情詩集『カンツォニエーレ Canzoniere 』の中に、16世紀初期の文学者たちは内容と語の響きの関係の理想を見いだす。初期のマドリガル作曲家はペトラルカの詩、とくソネットに好んで作曲。ペトラルカの響きの再発見は16世紀の詩作やマドリガル作曲家たちの作曲法に大きな影響を与えた。
  • マドリガーレの特長:通作形式(⇔フロットラ)。詞の描写や言葉の一つ一つの意味にあわせて音楽も変化。半音階を効果的に使用。歌詞はフロットラのもに比べより文芸的で洗練されている。初期は4声でホモフォニーとポリフォニーが混在。中期以降は5声あるいは6声が多く、歌詞に対応した音楽技法をしだいに精緻化。
  • マドリガーレの代表的な作曲家たち
    • ジャック(ヤコブ)・アルカデルト Jacques (Jacob) Arcadelt (1505ごろ  - 1568):北方出身(リエージュ)。ヴィラールトとともに、マドリガルに対位法的模倣やモテットの新しい和声的効果をもたらす。スタイルは、ヴィラールトより単純でフロットラの名残がみられる。曲例 《白く優しい白鳥》《私を殺してくれ》
    • チプリアーノ・デ・ローレ Cipriano de Rore (1516  - 1565):北方(フランドル)出身。16世紀前半のマドリガルを代表する作曲家で続く世代に大きな影響を与えた。詩の内容の生き生きとした音楽的表現で当時から高く評価、ツァルリーノが自らの和声論で例にとりあげる。
    • ルカ・マレンツィォ Luca Marenzio (1553 - 1599):イタリア(ロンバルディア地方)出身。音画的手法を進める。
    • ニコラ・ヴィチェンティーノ(1511 - 1576 ごろ):イタリア(ヴィチェンツァ)出身。半音階的手法を大胆に使用。
    • カルロ・ジェズアルド(1561ごろ - 1613):ヴェノーサの公爵。半音階的手法、遠隔調への大胆な転調を押し進める。→ 譜例集 27 マドリガーレ《私は死んでゆく》
    • クラウディオ・モンテヴェルディ(1567 - 1643):16世紀前半の最も重要な作曲家。様々なジャンルの技法を総合化。(作曲家については詳しくは来週のオペラの項で)

10.1.2 フランスの世俗声楽曲

  • パリ風シャンソン Parisien chanson:16世紀前半、とくに とくにフランシス1世の治世下(1515-1547)に発達。1500曲以上がが代表的な出版業者ピエール・アテニャンによって出版。音節的で、ホモフォニック。軽快で言葉遊びを伴う歌詞。多くの曲がリュート伴奏付きやリュート曲に編曲。代表的な作曲家にクロダン・ド・セルミジ Claudin de Sermisy (1490ごろ - 1562)、クレマン・ジャヌカン Clément Janequin (1485-ごろ1560)。 → 譜例集25  ジャヌカン《鳥の歌》
  • フランス・フランドル楽派: 1530年代から1550年代にかけてアントウェルペンやベルギーでフランス・フランドル楽派の作曲家たちのフランス語の歌詞による世俗歌曲が多く出版。パリの作曲家のものよりも、よりポリフォニックで、長い音符を用いる。16世紀後半にもフランコ・フランドル楽派のフランス語のシャンソンの伝統は続き、スウェーリンク、ラッソのシャンソン集が出版。

10.1.3 イギリスの世俗声楽曲

  • イギリスのマドリガル:1588年に歌詞を英語に翻訳したイタリアのマドリガル集 Musica transalpina   が出版され、マドリガルが流行。トマス・モーリ Thoman Morely (1557 - 1602)、トマス・ウィールクスThomans Weelks (1575-1623)のような代表的作曲家がマドリガルを書く。
  • リュート歌曲:リュート伴奏付きの独唱歌曲が1600年ごろから流行。代表的な作曲家にジョン・ダウランド John Dowland (1562-1626)。→譜例集26 リュート・ソング《流れよわが涙》 

10.1.4 ドイツの世俗声楽曲

  • 独唱曲の分野では中世以来のミンネゼンガーの伝統を受け継いで1450年ごろはじまったマイスタージンガーの伝統が16世紀を通しても残る。多声世俗楽曲の発達はヨーロッパの他の地域に比べて遅いが、15世紀後半から多声リートという独自のジャンルが発展。フランコ・フランドル楽派の音楽は1530年ごろから聴かれるようになり人気のジャンルに。

10.2 器楽曲の発展

  • 1450 - 1550の間に器楽曲は大きく発展。器楽的独自のスタイルや書法が現れてくる。発展の中に2つの傾向
    • 声楽曲と独立した、器楽曲独自の様式やジャンル的語法の使用
    • 声楽曲からの編曲や声楽曲のジャンルに触発されて作られた音楽

10.2.1 ルネサンス時代の楽器

  • ルネサンス時代の楽器はそれぞれが「ファミリー (族)」とよばれるグループを作りをなす。グループの中では大きさと音域がバスからソプラノまで異なるものが作られる。一つのグループがそろったものはコンソート、あるいはチェストと呼ばれる。
  • 管楽器 リコーダー、ショーム(オーボエの前身)、クルムホルン、フラウト・トラヴェルソ、コルネット、トランペット、サックバット(トロンボーンの前身)。
  • 弓奏弦楽器:最も重要なのはヴィオール族。

  • 撥弦楽器:家庭用の楽器としてリュートが最もポピュラー。リュート用にタブラチャーが発展し多く出版される。
  • 鍵盤楽器:オルガン、クラヴィコード、チェンパロ、ヴァージナル

10.2.2 器楽曲のジャンル

5つのジャンルに分けて考えることができる

1. 舞曲:踊りはルネサンスの社交生活の中で重要な位置を占めており、そのためルネサンス時代の器楽曲の多くが踊りのためか、踊りのタイプに基づいて書かれた。このジャンルにおいて器楽曲は声楽曲と独立して発達することができた。舞曲は通常2,3曲が組になっており、ゆっくりした2拍子系のものと速い3拍子系のものが交代して配されている。

2. 即興的な曲:即興はルネサンスの音楽家の訓練の一部であり、ある旋律線に装飾的な別の線をつけたり、与えられた旋律に対位法的に別の声部を付け加えることが成された。鍵盤楽器やリュートの演奏者は多声で即興を行い、これらが楽譜に書かれるとプレリュードあるいはファンタジアと名付けられた。16世紀後半には鍵盤楽器の重要な即興曲のジャンルとしてトッカータが出現する。

3. 対位法的な曲:リチェルカーレと呼ばれ、即興的なスタイルの曲から、主題の継起にもとづいた模倣対位法的な書法の曲として発達。

  •    → 譜例集 28 A. ガブリエーリ《第12旋法によるリチェルカーレ》

4. カンツォーナとソナ

  • カンツォーナ:フランスのシャンソンと同じ様式で書かれた器楽曲としてイタリアで始まる。冒頭に1つの音符にその半分の音価の音符が続くという特長あるリズムを持つ。最初はオルガンのために書かれた。1580年以降に合奏のために書かれたものが始まり、17世紀にソナタ・ダ・キエザ(教会風ソナタ)に発展していく。複数のセクションからスタイルが発達。
  • ソナタ:時代によってさまざまな楽曲を指すが、最初は純粋な器楽曲を指す用語。16世紀のヴェネチア楽派のソナタはカンツォーナより厳格な様式と持つ。→ 譜例集29 G. ガブリエーリ《サクレ・シンフォニエ》より〈ピアノとフォルテのソナタ〉

5. 変奏曲:16世紀初頭に現れる。旋律の変奏によるものと、オステイナートバス上での変奏によるもの2つのタイプがある。16世紀末から17世紀はじめにかけてイギリスのヴァージナリストたちによるヴァージナルやチェンバロのための変奏曲が多く書かれた。

2012 Jun 14

第9回 宗教改革と対抗宗教改革

9.1  宗教改革

  • 16世紀初頭から17世紀前半にかけて起きた西欧キリスト教世界における改革運動。当時のヨーロッパを宗教的・政治的に2分する大紛争を伴なった。この結果西欧社会のキリスト教はカトリック(旧教)とプロテスタント諸派(新教)に別れることとなった。
9.1.1 重要年代 
  • 1517年: ルターによる「95か条の論題」の発表
  • 1555年: アウグスブルクの和議
  • 1618-1648 三十年戦争

9.1.2 ドイツにおける宗教改革と音楽

  • ルターと宗教音楽:ドイツの宗教改革の主導者マルチン・ルター Martin Luther (1483-1546)年自身が音楽を愛し、ルター派教会独自の音楽の確立に意を砕く。歌詞に、聖書、典礼書で用いられるラテン語だけでなくそのドイツ語訳も用いる。 ルター派コラール:礼拝の中で会衆によってユニゾンで歌われるストローフィックな歌曲であるコラールをルターは特に重要視し、自らが多く歌詞を書き、作曲も行う。
  • コントラファクタ:世俗歌曲の歌詞を宗教的なものにかえて作ったコラール。
  • 多声コラール:最初はホモフォニックであったコラールから、プロテスタント派の作曲家たちもしだいに多声音楽の手法を用いて作曲するようになり、ルター派独自の多声声楽曲が発達。16世紀後半には、コラールの旋律をもとにしたコラール・モテットがジャンルとして確立。
    • 曲例 : 《Durch Adams Fall ist ganz verderbt アダムの罪によりて、ものみな滅びたり》: ルターによる単声コラール、K. オトマイアー  2声、J. ヴァルター 5声

9.1.3ドイツ以外の国での宗教改革

  • カルヴァン派;スイス、フランス、オランダ。ローマ教会の典礼書を拒否し、『詩編』の翻訳を重視。Psalters としてまとめられた詩編の翻訳を歌詞とした会衆によるユニゾンの合唱が基本となる。
  • 英国教会:1549年に英語による新しい典礼書が発行。それに基づき独自の典礼音楽が発達。

9.2 対抗宗教改革(反宗教改革)

  • 16世紀半ば17S世紀にかけてのローマカトリック教会側の改革運動。プロテスタントの宗教改革運動への対抗政策。

  • 1545年-1563年のトリエント会議で宗教改革に対するローマ教会の対抗政策が決定。

9.2.1 パレストリーナ Giovanni Pierluigi da Palestrina (1525/26-1594)

  • 16世紀後半のローマ・カトリック教会音楽の代表的な作曲家。音楽家として生涯をすべてローマで教会音楽家として過ごす。104のミサ曲、250のモテットを作曲。フランドル楽派の作品を研究しながら、定旋律技法、模倣ミサ、パラフレーズ、カノンなどあらゆる様式、技法を独自に集大成。数世紀にわたる後代の作曲家に対位法作曲技法のモデルとなる。
  •  曲例 → Missa Papa Marcelli からKyrie (譜例集)

2012 Jun 7

第8回 ルネサンス - ルネサンス概要、フランドル楽派

8.1.  ルネサンスと音楽

8.1.1 ルネサンスということば

  • 特に音楽の様式をさした語ではなく、15世紀なかばに現れた文化史上の大きな変化を指して19世紀ごろから用いられるようになった語。ギリシア、ローマの伝統の再発見による「再生」。「人間」の再発見。

8.1.2 人文主義

  • 古代ギリシアの理論書の再発見とラテン語への翻訳紹介。
    • ガッフリオ Francihno Gaffurio (1451-1522)

8.1.3 新しい音楽の考えかた

  • 旋法 : ラ、ド上の旋法が理論的に認められる
    • グラレアーヌス (1488-1563) : 『Dodekachordon (ドーデカコルドン)  十二弦』 (1547)。これまでの8旋法体系に4つの旋法を追加。
  • 音律:不完全協音と考えられていた3度、6度がより調和的に響くような新しい音律の考案
  • 協和音と不協和音の関係:3度や6度を協和音の中に入れながら、新しい協和と不協和の関係にもとづいた厳格な作曲理論者が書かれる。
    • ティンクトーリス Johannes Tinctoris (1435ごろ-1511ごろ) :『 Liber de arte contrapuncti 対位法の技法についての書』(1477)
  • 音楽とことば:人文主義者たちは、歌詞と音楽の響きの一致に大きな注意を払うことを提唱。

8.1.4 楽譜印刷

  • グーテンベルク改良の活版印刷の普及が楽譜印刷にも応用
  • ヴェネチアのペトルッチ Ottavio de' Petrucci (1466-1539) : 多声音楽の楽譜集をはじめて印刷刊行(1501)

8.2 フランドル楽派

  • 1450-1550 ごろに活躍した作曲家たちの多くが現在のオランダ、ベルギー、北フランスにまたがる北ヨーロッパで生まれるか、それにつらなる伝統の中で教育を受け、ヨーロッパ各地の宮廷や教会、とくにイタリアで活躍。

8.2.1 ヨハネス・オケゲム(オケヘム) Johannes Ockeghem  (1420年ごろ - 1497)

  • 生涯:Hainaut (現在ベルギーの町)に生まれ、アントウェルペンの聖堂の合唱隊で歌う。1440年代にフランスのブルボン公シャルル1世に仕え、1450年ごろから亡くなるまで半世紀にわたり歴代のフランス王に宮廷の楽師長として仕える。弟子から次の世代に活躍する多くの作曲家が出る。
  • 作品:13のミサ曲、10曲のモテット、20曲のシャンソン。
  • → 譜例集22 《Missa prolatiorum 様々な比率によるミサ曲》

8.2.2 オケゲムに続く世代

  • ジョスカン・デ・プレ Josquin des Prez (1440ごろ-1521) → 次項参照
  • ハンリヒ・イザーク Heinrich Isaac (1450ごろ - 1517):フランドル地方で生まれイタリアで活躍。 
  • ヤーコブ・オブレヒト Jacob Obrecht (1457/58 - 1505) :現在のオランダのベルゲンで生まれイタリアで活躍。 

8.2.3 ジョスカン・デ・プレ Josquin des Prez (1450ごろ-1521)

  • 生涯 : 現在の北フランスのベルギー国境近くの町に生まれる。1484年から1504年までおもにイタリアのミラノ、ローマやフランスを行き来しながら活躍。1504年から亡くなる1521年まで地元北フランスのコンデ・スゥル・レスコー Condé-sur-l'Escaut に住み教会の参事員となる。
  • 作品:18のミサ曲。約100曲のモテット、約70曲の世俗歌曲。
    • モテット:レパートリーの中で大きな比重を占める。歌詞と音楽の関係に大きな注意がはらわれる  
      • 曲例 譜例集23《Ave Maria》
    • ミサ曲: 多くが世俗歌曲を定旋律に用いる。
      • 曲例 ミサ《L'homme armé 戦士》
    • 模倣ミサ(パロディ・ミサ): 定旋律だけでなくすべての声部を既存の世俗曲を原型にして作曲。
      • 曲例 ミサ《Malheure me bat 悲しみが私を打つ》

8.2.4 ジョスカン・デ・プレに続く世代の作曲家

  • アドリアン・ヴィラールト Adrian Willaert(1490ごろ-1562):
    • ブルージュに生まれ(異説あり)、パリでジョスカン・デ・プレの弟子のジャン・ムーランの教えを受ける。イタリアに渡りローマ、フェラーラ、ミラノなどで活躍した後、1527年から亡くなるまでヴェネチアのサン・マルコ大聖堂の楽長として活動。音楽と歌われるテキストのシラブルとの間に厳密な関係をたてるよう努力。

2012 May 31

第7回 15世紀前半の潮流 - イギリス音楽とブルゴーニュ楽派

15世紀前半に現れた新しい潮流

  • イギリス音楽の大陸への影響
  • ブルゴーニュ公国が音楽の中心に(ネサンスの先駆け、または「中世の秋」)

7. 1 イギリス音楽

7.1.1 イギリス音楽の特徴

  • 民俗的スタイルと密接な結びつき
  • 教会旋法よりも長調を用いる傾向。4度、5度よりも、不完全な協和音程とされていた3度、6度が好まれる。
  • 対位法的というよりもホモフォニックな様式

7.1.2 イギリス音楽の大陸への影響

  • 時代的背景:百年戦争中の1415年のアジャンクールの戦いでイギリスが勝利。北フランスの大部分をイギリスが占領。
  • 15世紀前半に多くのイギリスの音楽が大陸で写本に写され流通。フランスでは「イギリス風 の表情contenance angloise」と呼ばれもてはやされる 。
  • フォーブルドン :  3度あるいは6度の響きを好むイギリス音楽の響きを模倣してはじまる。主旋律に対し同じリズムで低音に6度の平行関係でつけられた声部。

7.1.3 ジョン・ダンスタブル John Dunstable または Dunstaple  (1390ごろ-1453)

  • 14世紀前半のイギリスを代表する作曲家。1422-35年フランスの摂政を勤めたイギリスのベドファド公爵に仕えフランスで活動。
  • 当時の多声音楽のあらゆるジャンル(アイソリズム・モテット、ミサ通常文中の曲、世俗歌曲、典礼の詞による3声の曲など)で作曲(70曲ほどが伝えられる)。
  • 曲例
    • → モテット《聖霊よ来たりたまえ Veni Sancte Spritus》 譜例集 19 (pp. 14 - 15)
    • → モテット《あなたはなんと美しいことか Quam pulchra es》 

7.1.4 モテットの作法とジャンルの変化

  • 定旋律はテノールだけでなく最上声部や間の声部にもおくことができるようになる。
  • 定旋律を典礼音楽から借用したものでけでなく、新しく作曲したものも「モテット」と
  • 呼ばれるようになる。→ミサ曲以外のラテン語の歌詞をもつすべてに「モテット」の呼び名。

7. 2. ブルゴーニュ楽派

7.2.1 ブルゴーニュ

  • Fr. Bourgogne, Eng. Burgundy, Ger. Burgund
  •  現在ではフランスの一地方だが、15世紀にはブルゴーニュ公国として、現在のブルゴーニュ地方一帯から現在のベルギー、オランダまでを領土とし、貿易で栄える。百年戦争で疲弊したパリを中心とするフランスと異なり、宮廷で活発に音楽が行われ、有名な音楽家を集め、育てる。

7.2.2 ギヨーム・デュファイ Guillaume Dufay (1400ごろ - 1474)

  • 生涯:カンブレー Cambrai (当時はブルゴーニュ公国領内だった北フランスの町)の聖歌隊で子供のころから音楽教育を受ける。ローマ、サヴォワ、ローザンヌなどヨーロッパ各地の教会や宮廷で音楽活動をおこなったあと1439年にカンブレーに戻る(1450年まで滞在)。1458年以降残りの生涯をカンブレーの大聖堂で聖職者、音楽家として過ごす。
  • 作品 80曲以上のフランス語の世俗歌曲、70曲以上のモテット、9曲のミサ曲集、レクイエム1曲。

7.2.3 ジル・バンショワ Gille Binchois (1400ごろ-1460)

  • 生涯:現在ベルギーのモン Mons でおそらくは育つ。1426年から1452年まで、ブルゴーニュ公国のフィリップ善良公の宮廷で音楽家として仕える。
  • 作品:55曲の世俗フランス語歌曲、25のミサ曲の一部、22曲のモテット

7.2.4 ジャンルと様式

  • 主なジャンルはミサ曲、マニフィカート、モテット、フランス語の世俗歌曲。前の時代に引き続き、どのジャンルでも主として3声のものが多く、最上声の旋律が重要な役割を果たす。旋律はよりスムーズになり、和声的には現在の耳により協和的になっている。
  • シャンソン:この時代にはフランス語の詞による多声世俗歌曲を指す。形式的にはロンドとバラード(aabC)が多い。
  • モテット:歌詞の点を除けば、シャンソンと同じようなスタイルで書かれる。アイソリズム・モテットは時代遅れだが書き続けられる。
  • ミサ曲:1420年ごろ以降、作曲家はすべてのミサ通常文からなるミサ曲をひとつのまとまりとして書く(→連環ミサ曲)ことが普通になっていき、全体に音楽的統一を与えようという試みがなされる。→次項

7.2.5 定旋律ミサ曲(カントゥス・フィルムス・ミサ曲、テノール・ミサ曲)

  • 他の曲から借用した旋律をテノールに長い音価でアイソリズム風に配し、それをもとに他の声部をつけたものでミサ曲全体を作る。借用もとの曲は世俗曲でもよく、自作のもののこともある。ミサ曲は借用もとの曲の歌詞にちなんで名づけられる。
  •  楽曲例 → デュファイ《もし私の顔が青ざめているなら Se la face ay pale》 譜例集 20, 21 (p. 16), 

7.2.6 3声から4声へ

  • テノール声部の下にあらたな声部(コントラテノール・バッスス)をつけ加える。テノールの上がコントラテノール・アルトゥス、最上声部はカントゥスあるいはディスカントゥス、スペリウスなどと呼ばれる
  • → 現在の4声体のはじまり。

2012 May 24

第6回 アルス・ノーヴァ、トレチェント

  • アルス・ノーヴァ Ars nova = 新しい技法。
  • トレチェント Trecento = イタリア語で「300」の意。1300年代すなわち14世紀を指す。
14世紀に入ると、記譜法、特にリズム(音価)の正確な記法が整備され、複雑な多声音楽が発展し、ジャンル、用いられる技法が多様化していく。この時期は、また、世俗政治権力と教会の権力争いの中で、後者の権威が弱まると同時に、人文主義的な教養を持った人々がが、音楽の発展に重要な役割を担うようになる。この時期をフランスではアルス・ノーヴァ、イタリアではトレチェントと呼びならわす。

6.1. アルス・ノーヴァ

  • フィリップ・ド・ヴィトリ Philippe de Vitry (1291ごろ-1361) によって1322ごろに書かれた音楽理論書 『Ars nova (新しい技法)』にちなみ、当時の新しい音楽をアルス・ノーヴァと呼ぶようになった。(理論書『アルス・ノーヴァ』は、記譜法における音価の分割の体系の中で、従来の3分割のものに対し、2分割にも同等の権利を認め、リズム表記の可能性を大きく拡大した。)
  • さらには、フランスの14世紀、とくに象徴的には『フォヴェール物語』が書かれた1310年頃から、アルス・ノーヴァの代表的な作曲家ギヨーム・ド・マショーが亡くなる1377年で区切られる期間をアルス・ノーヴァの時代と音楽史では一般的によびならわす。

6.1.1 アルス・ノーヴァの初期の音楽

  • 『フォヴェール物語 Roman de Fauvel』 (1310-14年ごろ成立) - 13世紀、14世紀の声楽曲を収める写本。詩の多くは聖職者や政治家を風刺するもの。収められた100曲以上のうち大部分が単声の曲だが、多声のモテットも34曲。うち少なくとも5曲はフィリップ・ド・ヴィトリの作曲。
  • アイソリズム・モテット - リズムのひな形(タレア talea)と、一つの旋律のひな形(コーロル color)との繰り返しで曲の全体がつくられたモテット。リズムのひな形の始まりと旋律のひな形のはじまりは一致するとは限らない。ド・ヴィトリをはじめ多くのアルス・ノーヴァの作曲家が使用、後世へ受け継がれる。

6.1.2 ギヨーム・ド・マショー  

ギヨーム・ド・マショー  Guillaume de Machaut  (Machault)   (1300  - 1377)
北フランスシャンパーニュ地方の生まれ。聖職者になる教育を受けて育つ。1323年、ボヘミア王ヨハネスの秘書となり欧州各地を旅する。1340年に故郷シャンパーニュ地方の中心的都市でフランスで最も重要な大聖堂の一つがあるランスReims に落ち着く。同地の大聖堂の参事会員としてその生涯を終える。作曲者としてだけでなく詩人としても大きな業績を残す。自作の楽譜を全部まとめて残そうとした初めての作曲でもある。

  • モテット : 23曲を作曲(宗教曲と世俗曲)。三声すべてがアイソリズムの曲も。ド・ヴィトリらの作曲家に比べてより複雑で長い。
  • ミサ曲 :《ノートル・ダム・ミサ曲(聖母のミサ曲)》(1360年代)。一人の作曲家によってミサ通常文全体が作曲されたはじめての例。キリエ、サンクトゥス、アニュス・デイ、イテ・ミサ・エストはアイソリズム。→譜例集17
  • 世俗歌曲
    • 形式・様式によりレー、バラード、ロンドー、ヴィルレーなどのジャンルに分けられる。
    • 単旋律曲はトルヴェールの伝統の延長線上。
    • 多声書法でバラード様式 (カンティレーナ様式)を発展させる(最高音部に歌をおき、それより低い2声部が器楽伴奏)。
    • ロンドーのジャンルで特徴的な技法
      • 特定の語(rose, liz, fleur)の上で複雑で長いメリスマ
      • Ma fin est ma commencement (私の終りは私のはじめ)で音楽の回文。  → 譜例集16`

6.2. トレチェント

  • 教会音楽の作曲者たちが世俗曲も作曲。
  • 多声教会音楽の楽譜はほとんど残っていない(多声の実践はおそらく即興にまかされていたと考えられる)。
  • スクアルチャルーピ写本(1420年ごろに書写) 
  • トレチェントとカトルチェント(1400年代)初頭の12人の作曲家、354の曲を含む。

6.2.1 世俗歌曲のタイプ

  • マドリガーレ - 恋愛、風刺、田園を主題とする。 
    • 代表的作曲家 ヤーコポ・ダ・ボローニャ(29曲のマドリガーレ)。声部の関係を次第に工夫: 下声部に比べて華やかな上声部、あるいは独立した3声。
  • カッチャ - 生き生きとした描写的なテキストと民謡風の旋律を用いたユニゾンのカノン。鳥の歌や角笛を模倣。伴奏の器楽パート1声と声楽パート2声。
  • バッラータ - 踊りを伴奏する歌
    •  マドリガルやカッチャにくらべて遅れて現れる(写本では1365年以降)。最初は伴奏と単声のちに複数の声楽パート。形式 ABBAA(ヴィルレーと呼ばれるフランスの声楽曲に類似)。

6.2.1 フランチェスコ・ランディーニ 

Francesco Landini (1325ごろ-1397)
フィレンツェ生まれで、子供時代に失明した盲目のオルガニスト・作曲家・詩人。オルガネットと呼ばれる小さな手持ちオルガンの名手として知られる。約140曲のバッラータを作曲。他にカッチャ1曲とマドリガーレが12曲。その作曲による宗教曲は知られていない。ランディーニ終止(上声部がいったん下がり3度跳躍する形の終止)の名を残す。

6.2.2 イタリアの14世紀後期

  • フランスの影響が強くなる。
  • 1309年以来アヴィニョンに移動していたローマ法王庁が1377年にローマに戻ったことは大きな原因。
  • イタリアの作曲家がフランス語の詩にフランス風の様式、フランス式の記譜法で作曲。

6. 3.フランスの14世紀後期

アルス・スプティリオル (ars subtilior 「より精妙な技法」)
  • 連続するシンコペーションや拍子の変化や声部間のリズムの異なるリズムの対照などリズムがより精密化(←リズムの記譜法の発達によって可能に)。
  • 意図的にぼかされた和声。
  • ボード・コルディエ Baude Cordier (ランス生まれ。1400年前後に活躍。)
    • 《Belle bonne sage 美しく気だてよく賢い女よ》
Baude Cordier

2012 May 17

第5回 ノートルダム楽派とアルス・アンティクゥア

12世紀になると宗教声楽曲は、多声音楽の試みの発展により新たな展開を見せる。単旋聖歌をもとに新たに創作された多声音楽が、教会で用いられるようになり、12世紀末から13世紀の初めにはパリのノートル・ダム大聖堂が新しい様式の発信地となる。この時代の音楽は、芸術史一般の流れの中でいうとゴシク時代の音楽ということもできる。

■ ゴシック建築と音楽の年代比較

■主要な様式による12-13世紀のおおまかな歴史区分

  • 1100 - 1160 アキテーヌ楽派(サン・マルシャル様式)
  • 1160 - 1250 ノートルダム楽派(パリ楽派)
  • 1250 - 1320 (狭義の)アルス・アンティクゥア
    • 1280 - 1320 アルス・アンティクゥアからアルス・ノーヴァへの過渡期

5. 1. 多声音楽のはじまり (オルガヌム)

5.1.1. 最初の理論的証言

  • ムジカ・エンリキリアーディス Musica enchiriadis → 譜例集 6.
    • 9世紀末ごろの音楽理論書。著者の名は確実には分からない。
    • 2声による歌い方の原則について譜線を用いた図譜によって解説
    • 主声部(vox principalis)より完全4度、5度下にオルガヌム声部(vox organalis)とよばれれる、主声部と平行に動く別の声部。
    • それぞれの声部をオクターヴで重ねることも可能。増4度(3全音)を避けるためにはオルガヌム声部は平行に動かずに前の音の高さにとどまる。
  • 12世紀初期に理論書は新しい型のオルガヌムについて解説
    • 主声部の長い一つの音に対して複数の短い音からなるオルガヌム声部がつく
    • 声部の交差や反行が可能(自由オルガヌム)。→譜例集 7.

5.1.2. アキテーヌ楽派(サン・マルシャル様式)

  • リモージュ(南西フランス)にあったサン・マルシャル修道院に保存された数多くの12世紀前半の写本により、 その音楽が伝わる。アキテーヌ地方(当時広範囲に南西フランスを指した)で広く行われていた音楽を反映している。
  • 2種類ののオルガヌムの様式が区別されている
    • 華麗オルガヌム(二重オルガヌム、純粋オルガヌム、メリスマ・オルガヌム)  → 譜例集 8.
      • 下声部: 聖歌の旋律を長く引き延ばされた音で歌う (→ 「定旋律 cantus firmus」あるいは 「テノール」と呼ばれるようになる)。
      • 上声部:長い音価の下声部の上で複数の音価の旋律を歌う (→メリスマティックな様式)。
    • ディスカントゥス
      • Discantus = dis (離れた・独立した)+ cantus (歌) 
      • 上下声部がほぼ一対一の関係 (→メリスマ対メリスマ、またはシラビック)。
      • 声部の反行を許し、上声部は旋律としての独立性を強める。
      • ディスカントゥスがオルガヌムと独立したものととらえられるようになり、「オルガヌム」はもっぱら純粋オルガヌムを指すようになる。

5. 2. ノートルダム楽派 

  • 12世紀後半から13世紀前半にかけてパリのノートルダム大聖堂で多声音楽を発展させた聖職者音楽家たち。
  • 2つの時期をもつ
    • 12世紀後半: オルガヌムの時代
    • 13世紀前半: モテトゥスの時代
  • 12世紀後半に活躍した3人の人物 : 
    • パリのアルベルトゥス(アルベール)
    • レオニーヌス(レオナン)、ペロティーヌス(ペロタン)。
    • *特に後者2人はオルガヌムの歴史において重要(13世紀末-14世紀初めのイギリスの文書に名前をあげられ、業績が伝えられる)。

5.2.1. レオニーヌス (レオナン Leoninus / Leonin とその音楽

  • 生没年 : 1150年代 - c. 1202 ?
  • オルガヌム大全(Magnus liber organi)をまとめ(1180年ごろの仕事と推測)、最良のオルガヌム作曲家とされる。
  • オルガヌムの複数の技法を1つの曲の中で組み合わせて用いている。
    • きわめて長く引き延ばされる下声部(テノール)にたいし、メリスマティックで自由なリズムをもつ即興的な上声部をあてた純粋オルガヌム。
    • ディスカントゥスの手法。
    • → 譜例集 9 《 地上のすべての国々は見た Viderunt omnes》

5.2.2 ペロティーヌス (ペロタン Peroninus / Perotin)とその音楽

  • 生没年: 不明。1200年前後に活躍。
  • オルガヌム大全を縮約したとされる。
  • レオニーヌスのスタイルを受け継ぎ発展。
  • 楽曲《地上のすべての国々は見た Viderunt omnes》(譜例集 10)、《かしらたちは集いて Sederunt principes》は1198, 1199年の作曲と推定。
  • 声部が3声、4声に増える。
  • テノールと、等価的あるいは定量的に動く2声や3声の上声部を組み合わせたオルガヌム。
  • 声部の交換の手法。

5.2.2. リズムとその問題

  • モード・リズムが用いられており、リズムを表すのにモード記譜法が用いられている。
  • 一方、モード記譜法で書かれていない楽譜で伝わる曲(特に初期のもの)を自由なリズムで解釈していよいか、なんらかのモードをあてはめて歌うべきかについて議論がある。

5.2.3. コンドゥクトゥスとモテトゥス

■コンドゥクトゥス
  • 聖歌の旋律とは関係なくまったく新しく作られた旋律にもとづいた曲。単声あるいは多声(2声、3声、4声)。
  • 歌詞はラテン語で、多くが宗教的な内容を持つが、直接に典礼に結びついたものではない。
■モテトゥス
  • 聖歌の旋律に対し、新しく作った詞で上声をつける。
  • 13世紀にしだいに自由に発展。

5. 3.「アルス・アンティクゥア」-- 13世紀の多声音楽

  • 14世紀に現れた「新しい技法 アルス・ノーヴァ」という名を持つ音楽と対比してそれ以前の13世紀の音楽が「アルス・アンティクゥア 古い技法」と呼ばれる(違いについてより詳しくは、次週「アルス・ノーヴァ」で)。
  • アルス・アンティクゥアは、もともとは、ノートルダム楽派の最盛期の後の傾向を指したが、より広く、ノートルダム楽派までも含めて、「アルス・ノーヴァ」と対比させて用いられるようにもなっている。
  • モテトゥス、コンドクトゥスの自由な発達。
    • 新しく作られたモテトゥスの歌詞はもとの聖歌の歌詞とまったく内容上関係ないことが多くなり、ラテン語のものだけでなく、フランス語のものも登場 (→多声世俗曲)
    • 上声の旋律がしだいに分化。
    • 曲例 :  譜例集 11. 《おまえさん達、口を開けば - パリで - とりたてのイチゴはいかが》(13世紀)
  • 記譜法が発展。モード記譜法からフランコ式の定量記譜法へ。

2012 May 10

第4回 中世の世俗音楽と楽器

楽譜によって伝えられる中世の音楽は、グレゴリオ聖歌を始めとする宗教音楽が圧倒的に多いが、それはこの時代、世俗の楽曲がなかったことを意味しない。とくに、12世紀ごろから、諸侯の宮廷文化の中で生れた詩人・音楽家の世俗楽曲は楽譜として多く伝わり、この分野の芸術の円熟を示している。また器楽の営みについて、当時の図像資料からいろいろなことが分る。

4.1. フランス : トルバドゥール、トルヴェールたちの音楽

◆トルバドゥール troubadour - 南フランス、オック 語 (oc)圏の詩人・音楽家

  •  1100年ごろに登場
  •  女性はトロバイリッツ  trobairitz
  • 代表的人物 : ポワチエ伯ギヨーム9世 Gillaume IX de Poitiers (1071-1127) ;  ベルナルト・デ・ヴェンタドルン Bernart de Ventadorn (c.1125 - 12c末)

◆トルヴェール trouvère -  北フランス、オイル語 (oïl)圏の詩人・音楽家

  •  1160年ごろに登場
  •  代表的人物 : クレチアン・ド・トロワ Chrétien de Toryes (? - 1191) ;  アダン・ド・ラ・アルAdam de la Halle (1240 - 1287) 
■オック語地域(ラング・ドック)とオイル語地域(ラング・ドイル)

4.1.1. トルバドゥール、トルヴェールの伝承

  • 楽譜つきの写本がフランス内外各地に大量に保存。- トルバドゥールは2500種以上の詞、約300の曲が、トルヴェールでは2130種の詞、4000以上のメロディーが伝わる。
  • リズムを記した楽譜ではないのでリズムの復元が困難

4.1.2.トルバドゥール、トルヴェールの歌詞の主題

  • 主要なテーマは、宮廷文化を背景とした繊細な恋愛感情・恋の駆け引き(貴婦人への求愛や満たされない愛の願い)→「宮廷愛 amour courtois」。
  • 他に、貴人の偉業や騎士の武勇を歌うもの、音楽による愛をめぐる対話論争の歌(→歌合戦の起源)、牧歌、女性による歌、踊りのための歌など。

4.1.3.トルバドゥール、トルヴェール以外のフランスの中世世俗音楽

  • シャンソン・ド・ジェスト(Chanson de geste 武勲の歌):  トルバドゥール、トルヴェールの先駆(11世紀半ばから12世紀半ばにかけて)。音楽は残っていない。代表的なテキストに「ローランの歌」
  • ジョングレール jongleur 、ミンストレル minstrelと呼ばれる放浪音楽家の活動 :  村々や地方の宮廷から宮廷へと移動。作曲よりもすでにある歌や曲を歌い、演奏するほうが主という点でトルバドゥールやトルヴェールと区別されていた。

4.2. ドイツ : ミンネジンガー、マイスター・ジンガーたちの音楽

◆ミンネジンガー Minnesinger (Minnesänger)

  • 騎士の詩人・音楽家で、トルバドールの影響をうけて発達し、12-14世紀に隆盛。
  • 歌の主要なテーマは愛(Minne) → それらの歌をミンネざんぐMinne Sang、ミンネリートMinneliedと呼ぶ。
  • 代表的人物 : ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ Walther von der Vogelweide  (c.1170 – 1230)

◆マイスタージンガー Meistersinger

  • 14世紀にミンネジンガーにとってかわる。都市の商人や職人出身。組合を形成し19世紀まで存続。
  • 代表的人物 : ハンス・ザックス (1494-1576)
  • ※19世紀になってR.ワーグナーはドイツの中世的ルーツを求め、ミネジンガーやマイスタージンガーを主要人物とするオペラを書く : 《タンホイザー》、《ニュールベンクのマイスタージンガー》

4.3. 楽器

  • 楽器は実物はほとんど残っておらず、図像資料がてがかりとなる。楽譜も伝わっておらず、どのように音楽を演奏したかは実際にはわからない。
  • 代表的な楽器:  小型ハープ、ヴィエル(フィデル)、オルガニストルム(ハーディー・ガーディ)、プサルテリウム、ポルタティーフ・オルガン、フルート、ショーム、バグパイプ、太鼓など

 

4.4. 資料 

■ベルナルト・デ・ヴェンタドルン 《ひばりが羽ばたくのを見るとき Can vei la lauzeta mover》

ひばりがうれしげに日の光に羽ばき   

そしてわれをうしない、

ものうさに身をまかせ

落ちてくるのを見るとき

ああ、あれほど知っていたはずの

恋のことをこんなにも知らないとは

決して見返りを与えてくれない女を

どうしても愛さずにいられないなんて

彼女は私の心のすべて、私のすべてを奪い

いっしょに、世界のすべてを奪い去った

そうして、私に残してくれたのは

この欲望とこんなに燃える心だけ


■アダン・ド・ラ・アル 音楽劇《ロバンとマリオンの劇 Li Gieus de Robin et Marion》からマリオンの歌〈ロバンは私を愛している〉→譜例集参照

■ マネッセ写本。ドイツ14世紀後半 


■聖母マリアのカンティガ集(スペイン、13世紀)の細密画にみる楽器















2012 Apr 26

第3回 中世 - グレゴリオ聖歌 (Gregorian Chant)

カトリック(ローマ)教会の伝統的な典礼に用いられる歌(のレパートリー全体)。歌詞はラテン語で、多くがラテン語訳聖書の詞章から。単旋律であり、宗教的文脈が明らかなときは、たんに「単旋聖歌(plain chant)」とも呼ばれる。9世紀にさかのぼる数多くの写本が西ヨーロッパの各地に残されており、少なくともこのころまでには、基本的な形、レパートリーが成立していた考えられる。グレゴリオ聖歌のレパートリーは中世を通して西洋芸術音楽創作の基盤となり、近代にはいってもいろいろな創作にインスピレーションを与えている。

3.1. 名称

ローマ法王グレゴリウス1世(在位590-604)が編纂したという後世の伝承に基づく。グレゴリウス2世(715-731)のことをむしろ指すのではないかというのが最近の考え。ローマ教会聖歌、カトリック聖歌というような表現がより正確だが、グレゴリオ聖歌の名称は中世以来伝統的に用いられ続けている。

3.2. 音楽的に特徴的な要素

  • 無伴奏、単旋律(独唱かユニゾンの合唱)
  • 抑揚を伴う朗読(しばしば集団による)からの発達のなごりをとどめる。
  • メリスマ的。
  • 自由なリズム(ソレーム修道院の解釈)。
  • 独唱と合唱の交代(応唱 responsory)、合唱と合唱どうしのやりとり(交唱 antiphona)。
  • 旋法的(理論的に8旋法が分類。終止音のほか保続音(テノール)や朗唱音の概念が存在)。

3.3. 楽譜

  • 最初は口伝えだったが9世紀以降、「楽譜」が作られるようになる。
  • ネウマ譜とよばれ、最初は個々の音の高さではなく、音の動きを表した。
  • 最初は譜線なし。譜線は、音の高さの目やすをあらわすための1本線から、11世紀には4本に。5本以上のものもあらわれてくるが、最終的に4本のものが最も普及し、現代でも4本のものが標準として用いられる。
  • 古い楽譜の解読法は19世紀に大きく発達。現在でも研究や議論が続く。
  • 中世においては地方差が大きい。現代では厳密に標準化。

3.4. グレゴリオ聖歌と現代

  • 音楽的には中世的な伝統は近代までには多くが失われてきていたが、19世紀前半からフランスのソレーム修道院を中心に復興運動がおき、古い写本の発掘・結集が進むと同時に、古楽譜を解読する学も発達。それに基づいて19世紀末から20世紀にレパートリーが集大成。
  • 現在のカトリック教では、一般の人が参加する典礼ではラテン語でなく、その国や地方の言語が用いられることになっており(バチカン公会議1962-1965 で決定)、歌も、その言語による比較的新しいスタイルものが歌われるので、じっさいにグレゴリオ聖歌だけが典礼の音楽として用いられるのは、もっぱら、伝統的な戒律を重要視する修道院のような場所。
  • 近年までソレーム修道院での研究にもとづく解読法、歌唱法が標準的なものとされてきたが、それとは独自の新しい解釈にもとづく歌唱の流れも力を得てきている。
  • 現代では、宗教的儀式を通してというより、録音媒体によって多くの人に触れることになった。

3.5. 成立の歴史的背景

  • 「蛮族」の西欧侵入に始まる「暗黒時代」における音楽伝統の担い手としてのキリスト教会(修道院)の役割
  • フランク人による西ヨーロッパの統一と、フランク人・フランク人支配地域のキリスト教化(800年、フランク人の王カール/シャルルの戴冠)。 →広い地域で典礼を規範化する必要性

3.6. 音楽的起源

  • 初期キリスト教の典礼音楽
  • 上の成立につながりの深いユダヤ教の音楽
  • ローマの音楽 (→ 古ローマ聖歌 → グレゴリオ聖歌)
  • 東方からの影響
  • フランク王国支配地域、特にガリア(現在のフランス)の地元音楽 (→ ガリア聖歌 → グレゴリオ聖歌)

3.7. グレゴリオ聖歌以外のキリスト教聖歌

  • モサラベ聖歌(スペイン)
  • アンブロシウス聖歌(ミラノ聖歌)
  • ビザンツ聖歌
  • アルメニア聖歌

3.8. 宗教儀式の中の聖歌

  • 勤行(service)の2種の機会 :
    • 聖務日課(Office)と ミサ(Mass)
  • ミサの流れ
    • → 概説譜例集参照
  • ミサで用いられる聖歌のテキストの種類による分類
    • 固有文  Proper(機会によって変わる): 
      •    Introitus, Alleluia, Offentorium, Communio
    • 通常文  Ordinary(年をとおして同じ): 
      •    Kyrie, Gloria, Credo, Sanctus, Agnus Dei, Ite Missa Est
      • *近代の宗教曲を理解するためにも通常文についての知識は最低限必須

3.9. 聖歌からの創作的発展のはじまり

  • トロープス 元の歌に補足説明的な歌詞やそれにともなう新たな旋律を付加・挿入したもの
  • セクエンツィア 長いメリスマを持つ歌(とくにアレルヤ)のメリスマの部分に新たな歌詞をつけたものが独立した歌とななったもの
  • トロープス、セクエンィアは、16世紀半ばに、いくつかのものを除き禁止される。現在では、以下のものが認められ残っている。
  • トロープス
    • 《アヴェ・ヴェルム・コルプス Ave verum corpus》
  • セクエンツィア
    • 《ヴィクティマエ・パスカリ・ラウデス Victimae Paschali Laudes (復活のいけにえに)》
    • 《ヴェニ・サンクテ・スピリトゥス Veni Sancte Spiritus (聖霊よ来たりたまえ)》
    • 《ラウダ・シオン Lauda Sion(シオンよ汝の救い主を讃えよ)》
    • 《 ディエス・イーレ Dies irae(怒りの日)》
    • 《スターバト・マーテル Stabat Mater  (悲しみの聖母)》

2012 Apr 19

第2回 古代 ギリシア・ローマの音楽生活と理論

2.1. 古代ギリシア

古代ギリシアの音楽は音としては西洋音楽の本流の源ということはできない。しかしその音楽に関する思想や理論はローマ時代を通して中世へと伝えられ、今日まで続く西洋の音楽の考え方の基礎となった。そもそも主要なヨーロッパ語で音楽を意味する music (musique, Musik) そのものがギリシア語 mousike (μουσική) に由来する。その他、ハーモニー、リズム、メロディー、 オーケストラ、コーラスなど、多くの基本的音楽用語が古代ギリシアの用語からとられている。

2.1.1 音楽生活

●実際の音楽

  • 楽譜が残っており音を知ることができる
    • 40以上の楽譜が残っている(正確には20世紀になって解読。 現在もなお発見と研究が進む)
    • 楽譜は音はアルファベットで示したもの。歌用と楽器用の2つのシステムがある。
  • 音楽の例
    • 譜例集1 《セイキロスの歌》(楽譜が墓碑銘として刻まれる)
    • 譜例集2 《デルポイのアポロン讃歌 第1》
  • 特徴
    • 基本的なのは歌詞つきの歌+楽器による伴奏
    • 純粋な器楽も存在するが音楽の本道とは見なされなかった。
    • 単声音楽(現在用いられる意味でのハーモニーを伴わない)
    • オクターブに7つの音をもつ複数(7種類)の旋法。1/4 音(エンハルモニア)

●楽器

  • 二種の重要な楽器 - キタラ・リュラとアウロス
  • キタラおよびリュラ : 共鳴胴と腕、横木からなる複数弦の撥弦楽器(竪琴)
    • キタラ 共鳴胴は箱形で、横木を支える腕木は共鳴胴と一体になっている。通常7弦あるいは12弦。
    • リュラ 共鳴胴は亀の甲、腕木は山羊の角で作られ湾曲している。通常7弦
  • アウロス ダブル・リード楽器(オーボエ属)。
    • 管は葦、木、動物の骨、象牙、銅など
    • 通常二つの管からなる(複管アウロス)
  • キタラ・リュラ、アウロスのいずれも歌の伴奏に用いられる
  • キタラ・リュラとアウロスは対照的なものととらえられる
    • キタラ・リュラ アポロン神(太陽神)に属し、調和や理性を連想させる。
    • アウロス ディオニュソス神(酒神)に属し、狂乱や激しい情熱を連想させる。

  • その他のよく見られた楽器
    • 弦楽器  : ハープ類
    • シュリンクス(パンの笛)
    • 打楽器 カスタネット、シンバル、タンバリン、木琴など
●音楽の場
  • 祭り、いけにえの儀式、競技(スポーツ、技芸)、祝宴などで音楽は重要な役割を果たす
  • 演劇は音楽や舞踊を不可欠な構成要素
  •  劇場の構造 野外のすり鉢状の半円形
    • テアトロン 観客席 
    • オルケストラ ここで合唱隊
    • コロス (chorus の語源)が歌い踊る 
    • スケーネー 舞台背景となる建物(もともとは俳優たちの控え場所)



2.1.2. 理論

●音楽の概念

  • ムーシケー mousike (μουσική) とは
    • ムーサイ mousai μοῦσαι (ミューズ muses)のつかさどるもの
    • ムーサイ(単数形はムーサ)とは? ゼウス(神の中の神)とムネモシュネ(記憶の女神)の9人(伝承によっては7人)の娘たち(英雄叙事詩、歴史、叙事詩、喜劇、悲劇・挽歌、合唱・舞踊、独唱歌、讃歌・物語、天文をそれぞれが司る。)
    • → 基本は言葉・音による創出の技芸の総合に、舞踊や天文の学までも含まれる。
  • コスモスの一部としての音楽 
    • 世界(宇宙)は大きな規則にのっとり調和しており、音響の法則や音楽の体系はその大きな調和に対応している。

●音楽についての理論

  • 音響論 : 伝承では、ピュタゴラスにより協和する音、音階に用いられる音の数学的な規則性が発見。
  • 音階論 : アリストクセノスが、旋法(オクターブ種)の種類で規則ある音の並び(音階=ハルモニア)を理論化
  • リズム論  韻文を創作し朗読するときの長短のパターンからなる韻律によってリズムを理論化
  • エートス論 : 音楽は人の性格に影響を与える。倫理的な良し悪しを持つ。旋法や楽器もそうした観点からみられる。
  • これらの理論がローマ時代、中世初期の理論家によって伝えられ、あるいは体系化され、西洋音楽の理論づけの基礎となっていく。

●西洋文化の中のギリシア神話・悲劇

  • ギリシア神話(+ローマ神話)やギリシア悲劇は近代の西洋音楽の創作に多くの豊かな題材を与えた。

2.2. 古代ローマ

  • 基本的には古代ギリシャの音楽の体系を受けつぐ。
    • ← ローマの文化人はギリシア文化を模範としていた。
  • ローマ独自の音楽の要素
    • 軍楽の重要性 → 独自の金管楽器
    • ローマ時代の音楽の、ギリシア音楽以外の多様なルーツ、それらの重要性については、これまで過小評価されあまり顧みらていなかったという反省のものとに、現在研究が進んでいるところ。
    • 楽器にみられる独自性
      • さまざまな金管楽器 トゥーバ(直管トランペット)、コルヌー( 管がG型に曲がった大型のホルン)など
      • 水力オルガン
  • ギリシアの音楽理論への中世への架け橋としてローマ時代の重要性
    • ボエティウス Boethius(480 - 524?) : ローマ貴族の家に生まれ、アテネに留学)がまとめたラテン語の音楽理論は中世の音楽理論家たちに最大の権威となった。
      • 「宇宙の音楽 - 人間の音楽 - 楽器の音楽」の理論

2012 Apr 12

第1回 音楽史学習の意義、時代区分の概要

音楽史(西洋音楽史)を学習することの意義

  •  過去の豊かな音楽遺産を発見する。
  •  現在の私たちの音楽文化を形づくっているさまざまなものがどこからどのようにしてできてきたのかを知る。
  •  音楽の大きな時代的な変化(あるいは変化しないもの)をみつめ、私たちがこれから音楽をすることの指針に役立てる。

西洋音楽史の時代区分の概要とその学習法

■西洋音楽史の時代区分の用語

多くが一般の西洋史や芸術史の時代区分から用語を借りている (例: 古代、中世、ルネサンス、バロック、ロココ、印象主義)
 →  西洋史、一般の芸術史(美術史)の一般常識の必要性
 → 高校の世界史の教科書を読む。他の芸術の知識を音楽史と関連させる。


■西洋史における3つの大きな時代区分 - 古代 - 中世 - 近代

●おおまかな年代
 古代 - A.D. 5世紀末まで
 中世 5世紀末 - 15世紀半ば
 近代 15世紀半ば - 
  *いま私たちが生きている時代は?

●各時代をわける重要な要素
 古代 : ギリシア・ローマの文明(古典古代)
         (+ ユダヤ・キリスト教)
    *古代の終わり ゲルマン民族の西ヨーロッパへの侵入
         → ローマ帝国(古代世界)の崩壊
 中世  : キリスト教の支配と封建制
 近代  : 神の支配からの脱却 : 人間中心の考え(ルネサンス)、科学技術の解放

●西洋音楽史での実際

  •  実際の音楽伝統で重要なのは中世以降。 古代はむしろ理論的ルーツとして重要
  • 一般史と音楽史のずれ。 音楽史特有の大きな区分点があることもある (例: バロック)。


■音楽史の大きな時代区分 - まず最初に1セットだけおぼえておくとすれば


  • 中世 (6世紀ごろから。実際のレパートリーとしては9世紀ごろからが重要) 
  • ルネサンス 1450 - 
  • バロック 1600 - 
  • 古典主義の時代 1750 - 
  • ロマン主義の時代(または19世紀音楽)
  • 20世紀音楽

     * 細かい時代区分はその中にうめていく → シラバスを見直してみよう
     * 年代はひとつのめやす。時代は正月とともに変わらない。研究者によっていろいろな考えがある。


■音楽史と様式(スタイル)

  • それぞれの時代にはそれぞれの様式(時代様式)がある。作曲家は、その時代の様式と関係を持ちながら、それぞれの様式を持つ(個人様式)。
  • 時代区分や作曲家の名前を文字の知識として覚えるだけではなく、それぞれの様式がもつ響きを耳で聴き取り、覚え、楽譜(譜例集)で確認し、その音楽的特徴を音楽用語でも言えるようにする。

2012 Apr 2

受講にあたっての注意



  • 単位取得要件としての出席回数に注意してください。また、当然ながら、期末試験においては、毎回出席してその内容を把握していないと解答のしようのないような問題が出ます。
  • 私語を慎むこと。例年の経験によると私語が円滑な授業維持の大きな障害になっています。私語は他人が授業を受ける権利を侵害しているということを自覚してください。私語の度合いによっては退出を要求することがあります。
  • 『西洋音楽史概説AB 譜例集』を毎回持参してください。
  • 歴史の授業を受ける前提としてヨーロッパのおおまかな地図をきちんと把握しておいてください。

西洋音楽史概説AB シラバス



授業目標 : 西洋音楽概説ABでは、西洋音楽の歴史を古代から現代まで概観する。目標は次の2点。
 (Ⅰ)各時代の音楽様式(響や構造の特徴)の把握。音楽を聴いて、それがいつ頃の音楽か判断し、その理由を音楽上の特徴として説明できること。
 (2)音楽の文化的・歴史的な背景からの理解。ある時代が音楽に何を求め、どのような場で演奏され聴かれたのかを考えること。

授業内容:西洋音楽史概説Aの範囲は古代からバロック・オペラまで。西洋音楽のルーツをたどることが、未知の音楽の発見につながれば幸いである。

授業内容・計画 (公表されたシラバスより少し変えてあります)
   1 導入    音楽史学習の意義、時代区分の概要
 2 古代    ギリシャ・ローマの音楽生活と理論
 3 中世    概要、グレゴリオ聖歌
 4       世俗歌曲と器楽
 5       ノートルダム楽派、アルス・アンティクァ
 6       アルス・ノヴァ、トレチェント
 7       ブルゴーニュ楽派
 8 ルネサンス 概要、フランドル楽派
 9       宗教改革と対抗宗教改革
10       世俗声楽曲と器楽
11 バロック  概要、オペラの誕生
12       オペラの発展、各国のオペラ
13       オラトリオ、カンタータ
14       まとめ

西洋音楽史概説Bでは、バロックの器楽から現代の音楽文化までをたどる。今日の音楽生活において「クラシック」と呼ばれる音楽の中心をなすのが、この間に生まれた音楽である。その成立とダイナミックな変容の過程を簡潔に把握することを課題とする。
全14回の内容は次の通り (公表されたシラバスより少し変えてあります)
 1 バロック  ソナタとコンチェルト
 2       鍵盤音楽
 3 古典派   概要、前古典派と近代的様式への転換
 4       ソナタ形式と器楽曲
 5       声楽曲
 6 ロマン派  概要、ロマン主義と市民的音楽文化
 7       リートとピアノ音楽
 8       室内楽
 9       管弦楽
10       オペラ
11 20世紀以降 世紀末と新音楽
12       両大戦間の音楽
13       第2次大戦以降
14 まとめ